慌ただしかった夏も、秋の訪れと共に終わっていきます…。毎年相変わらず?なところも多少反省しながら、「誰かの役に立つ」を仕事ですることについて考えてみます。。。
これは、以前から聴いている小阪裕司さんのネットラジオ(ポッドキャスト番組)の中の言葉です。
仕事とは何か?という問いに、「仕事」=「職種」ではなく、「自分ができることをすることが、誰かの役に立つこと」が仕事とのこと。
(*引用は著書『自分らしく稼ぐ。』フォレスト出版刊より)
「仕事」については、これまでさんざん試行錯誤させられた:-)気がしますが、あらためてこの言葉が身に沁みます。
小阪氏曰く、「職種を探すのではなく、何の職でも自分のできることで役立つ。」というところがそのキモでしょう。
ライフワーク探しはある意味で楽しい一方、ややもすると「ライフワーク難民」になってしまう可能性が……。厳しい表現でもあるし、なかなか世の中で受け入れてもらえずさまよっているイメージですね・・。
そうしたとき、この言葉にハッとさせられるかもしれません…。
例えて言えば、ライフワーク探しは自分を発見する旅のようなものではないかと・・。
「探す」という言葉からイメージされるように、「旅」の目的そのものにもなりやすく、 そのゴールはいくらでも設定できるし、旅のやり直し?は何回でもできます。
難民とは、そうした旅が目的化し、本当の意味でのライフワークを深めることはできない状態を指しています。わかりやすく「旅」に例えてはいますが、旅自体に問題があるとかではなく、ライフワーク探しの目的が自分中心になってしまい、人の役に立つという視点が欠けていることが問題……
というか、厳しく言えば、自分が気ままな旅を続ける「言い訳」にしているだけかもしれませんしね・・。
前述の「職を探す」とは、つまりこういう状態に近いのではないかと勝手に思ったりもします。自分のことしかないのか、 他者への貢献という視点があるかは、決定的に違ったものだと言えますし…。
一方で、旅から帰って、改めて「自分ができること」を始めるということもあり得ます。 非日常から帰って、そこで得たものを日常で活用することですね。「旅」という非日常と日常をそれぞれに生かして行くイメージです。
繰り返しますが、大事なのは、自分の適職をどこかに探し求めるより、何の仕事であっても自分が他人に貢献できることをすることと理解はしています…。
しかし、この期に及んでも(笑)、なお「旅」の誘惑?に抗しがたいのも事実・・。
なんだか比喩っぽい表現ばかりの文章になりましたが、結局のところ現時点でシンプルに言うと、旅と日常のバランスを取っていくことかもしれません。
現実に生活を続けるための仕事がある訳で、その中で十分に貢献ができれば、そしてそれが継続できれば、何の問題もないと言えますし……
…と、ここまで結論づけながら、やはり「旅」への誘惑は常にくすぶっているのが正直なところ・・。
そういう意味では、根っからの「旅人」と「旅行好き」との違いも考えるべきでしょうが、そうしたモラトリアム(現実逃避?)が、実は最大の課題かもしれません。。。
今回ずっと「旅」を持ち出しましたが、先日、志布志に行ったときに、種田山頭火の句碑を見つけました。とりあえず、写真の志布志港の一句と某タイヤメーカーのCMで聞いた秋らしいもう一句を。
「波の かがやかさも 秋となった」 「この旅、果もない旅の つくつくぼうし」
さすらいの俳人と言われ生涯をかけて「旅」を続けた人だったようですが、 こうした貢献もあるのかなと思いながら、秋の雰囲気にしばし浸ってみます・・:-)
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