仕事自体で何かを表現することについて | MaemuLab.log

仕事自体で何かを表現することについて

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そろそろGWとかも見えて来るし、割合に過ごし易い季節ではあります・・。
そんな時季なりに、仕事への向き合い方について考えたことをまとめてみます。

多賀山公園にて

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まったく相容れない…? 仕事への考え方

仕事についての考え方は、前回ドラッカーの言葉を引いてまとめました。ともあれ、実際の仕事を通じて学ぶこと、また気づくことが何より多いでしょう。
ややもすれば観念的になり過ぎるので、両者のバランスを取る意味でも気を付けたいところです…。

また、本の中や影響を受けている人の言葉などにハッとすることが多く、まだまだ奥深いものだなと感じることもあります。
最近では、いわゆるバランスとかではなく、まったく相容れないものなのでは…?と思わされたことがそうです。

具体的には、例えば「仕事自体で何かを表現したい」と思っている人と、「仕事は仕事。だが、それなりの流儀はあるだろう」と(普段自覚するしないにかかわらず)考える人の根本的な違いです。

〔参考過去記事〕

年度替わりの慌ただしさの中、風も強くて桜を楽しめたのも束の間のことに・・。 そんな春には少し寒い日に、ドラッカーに触発されての一人語りを中...




やはり多数派と少数派の問題なのか…?

喜入グリーンファームにて

ところで、正直このブログの内容がどれほど理解されて、どれだけ実利になっているかは未知数・・。人によっては、まったく理解不能か、無価値とされるリスクがあるかもしれません。( 実際、その意義については常に悩みどころです…。)
もちろん、同じように感じる人が、少数でも読んでいただければとの思いですが・・。

このことは、「仕事自体で表現したい人」と「仕事は仕事…の人」の根本的違いと同じで、世の中の少数派(前者)と多数派(後者)の問題ではないかと感じます。
正しいか・間違いかではもちろんなく、理屈っぽくなりますが、そもそも議論の前提が違うのでしょう…。

特に世間一般にまわりの同調圧力みたいなものは強く、相手の期待そのものになっていることを感じますし・・。
いい意味で突き放した感じの、自分は自分・他人は他人と言った感覚はなかなか一般的でないのかもしれません…。

それでも自分に嘘をつくよりは…

こんな理屈は、いわゆる深層心理的な部分が大きく、これまた理解されない可能性が高いもの・・。
自身も少しは理解できた(つもり)のがここ数年で、それも当然かもしれませんが…。

しかし、そうして感じたことや自分の奥底から出てくる違和感に忠実になると、もう自分に嘘をつくことができなくなってしまう気がします・・。
自らの立場は、どちらも選ぶことができる環境だとしたら、やはり自分に嘘をつかない方を選びたいとは考えています。

もちろん、これを 100% 徹底できるかは、弱い自分?との闘いになると思います……
まあ普通は、やはり多数派を良しとするか、(リスクのある)少数派を貫くかという問題になるかもしれませんね。

「仕事自体で、何かを表現したいと思う人間なんだな…。」

その自覚が、今回の内容を書かせたきっかけだと言えます。もっと洗練された言葉で言うと、今のところ「デザイン」だったり、「美」などがピッタリくる感じがします。

IMGP0547

指宿・池田湖にて

「花曇り」…というには遅いのでしょうが、4月も後半の週末です・・。
今回の写真は、春の風景を訪れた各地から。上から多賀山公園、喜入グリーンファーム、指宿の池田湖です。今度のカメラは以前の Nikon と較べてちょっと写りが荒く感じますが、どうにか良いショットを集めています。

(R2.03.20 パーマリンク変更と本文を修正。)


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