自分を客観的にみるために意識したいこと

社会生活に基礎スキルがあるとするならば、自分を客観的にみることもその一つでしょう・・。
心理学的な学びや流行のマインドフルネスにも少し触れながら、意識したいことをまとめます。

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美里町の霊台橋付近にて

自分を客観的にみることの学びとは?

「自分を客観的にみる」ということは、簡単なようですが難しいことです。そもそも、どういった時にどういう行動をすれば客観的といえるのかも良くわかりませんし・・・
私自身も過去ほとんどできていなかったし、今でも努力中という状況です。

記憶の限り、いわゆる学校教育にも無かったし、教わった記憶もありません。おそらく、そうしたことは家庭やコミュニティ等の中で自然と学んでいたのかもしれません・・。
私自身で言えば、本当に腑に落ちたのは心理学や瞑想等を知った後からでした。

そうなると、普通の教育を受けただけでは、ある程度人間関係の中で訓練?できた人と、そうでない人の格差は思った以上にあるのかもしれません・・。
とにかく、次にあげるような面で、世の中を渡っていくためには重要なスキルと言えるでしょう。

〔参考関連記事〕

言語化できるものとできないものを知ること

知識があることと行動できることの違い

こうして言葉として表現することも、ある種の限界や誤解があるかもしれませんが続けます。
一番難しいのは、知識を得ても真に理解していないかもしれないことです。私が(自分なりに)理解できたと思った時期も、あいまいな記憶しかありません。

まず、どうしたときに客観視できていれば良かったと感じるかですが、何かの失敗をしたときになるでしょう。
誰しも、あの時に自分の感情に振り回されていなければ……とか、自分の置かれた立場や環境を良く考えていれば……などと後悔したことがあるはずです。

その渦中では、感情や思考(の狭さ)が原因となって、客観的に見ることができなくなってしまうのです。少なくとも行動レベルで感情等に振り回されていなければ、誰しもよりましな対応ができたはずなのに……
つまり、知識があることと行動できることの間には、大きな壁が存在すると言えるのです。

 

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そぎ落とした後に残るものを見つめる

心理学等の学びの中で、「もう一人の自分を意識する」というものがありました。例えば、自分の斜め上から見ているもう一人の自分の姿をイメージすることなどです。
(個人的には、前提として感情や思考についての理解も要る気がしますが・・)

同時に、心理的に負荷がかかった場合でも、感情や思考が安定していられるマインドを持つ訓練も必要かもしれません。具体的には、前述の瞑想や座禅などが一般的に入りやすいものではないかと・・。
これらは、最近良く聞くようになった「マインドフルネス」に近い実践と思います。

〔参考外部記事〕

マインドフルネスとは「今自分に起こっていることを、判断や批判なくそのまましっかり認識すること」=心の整った健全な状態であり、デフォルトでこの心の状態に自然になるようにするための訓練法として、最も効果的なのがマインドフルネス瞑想だ。アップルのスティーブ・ジョブスが瞑想実践者だったのは有名だが、グーグル、インテル、フォード自動車、最近ではイギリス国会などでも取り入れられるようになったマインドフルネスや...

 

上記記事で実践の効果はいろいろと示されていますが、すぐにイメージできない場合もあるでしょう。何か怪しいもにしか見えないとか・・・
実際、何かの効果はあったとしても、従来の目標達成にむけてアクティブに動く方法論のようなわかりやすさは無いですね・・。

その意味で、私なりにおすすめしたい活用は、あくまでそぎ落とした後に残る本質のようなものを見つめるためです。そして、その人なりの何かの気づきにつながれば良いかと……

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霊台橋のたもとからみる。。。

〔あとがき〕
最近こうした心理面に関して書く機会が少なくなっています。書いた内容が、必ずしも読み手のニーズに沿っていないのではないかという懸念もありますし・・・
思考の整理という面が過ぎないよう、情報提供のスタンスを忘れず行きたいところです。

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・夢源(郡山)

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Y.Maemura

Yoshiaki Maemura 社会保険労務士 前村ひと・しごと研究所代表。
鹿児島県伊集院町出身。鹿児島⇔東京を経て鹿児島市郡山町在住。社会保険労務士。自称・自然体験愛好家。はじめの一歩をサポートする情報等を発信中。≫詳しくはこちら