自然から学び、気づくこと。

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結構肌寒い時が多くなってきました。10月も終わりましたもんね。。。
最近の仕事関係では、既存の延長的なものがメイン・・・
ただし、新たな取り組みをもう一つぐらいやりたいと考え中です。

観光地(≒大自然)への憧憬

先日のこのブログへの投稿で、鹿児島の観光について少しまとめました。
ブログのメインと考えていた仕事と直接関係ないのですが、今回も引き続きそうした話題となります。
むしろ、厳密に分けられなくなっていますが、それはそれ……ということで。

前回書いたように、桜島と鹿児島市街地は一体として独自の観光地になっていると感じています。
そうすると、普段から観光地に住んでいることになり、なんとも幸せな気分になります・・・?
ともかく、観光地(≒大自然)への憧憬(しょうけい)が、無意識的にあったことを再認識したのです。

特に、ここ数年、今までほとんど行ったことのなかった県内の離島であるとか、阿蘇を頂点とする九州山地を訪れたことで、意識化されたのかもしれません。
加えて、自然が持つパワーに、ある意味常に助けられていたという気づきもあります・・・
そうしたいろんなことが重なり、最近自然について考えることが多くなっています。

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「気づき」の場が重要・・・

そうした「気づき」は、最近あるきっかけではっきりしたのですが、これまでは“普通”過ぎて気づかなかったのかもしれません・・。
他のことにも当てはまりますが、今の現実をそのまま認め、できるだけ受け入れることは、「気づき」にとても役立つことだと思います。

しかし、日々の現実に追われていると、人間なかなかそうした境地(?)に至ることは難しいようです・・。
いろんな表現で、教訓として言われることの一つだと言えます・・・ そうした自分を受け入れる方法としては、「座禅」や「瞑想」などがあると思います。

良くお寺の研修とかで座禅を組んでいる姿(映像等)を見かけることがありますが、その意味があるのかもしれません・・。
そうした座禅等に並ぶ大きな力を持つものとして、「自然」もあると思うのです。

 

「自然の理」は共通?

最初に「仕事とは関係ない」とことわりましたがが、実は大いに関係あるというのが本音のところです。
正面切って言う人は少ないでしょうが、そうした個人としての内面の充実は、必ず現実の成果に影響すると思いますし・・。

一般的には、明確に表現できたり他人が理解しやすいもの・・・つまり表面的なものに限られてしまいます。
そして、それをそのまま正直に受けとり、機械的に(またはやみくもに?)実行し続けてしまう例も多いのではないかと感じます…。

全てが間違いではないでしょうが、物事というか、人間がやることは「自然の理」に適っていないといつかは上手く行かなくなるもの・・・
直接自然に触れたり、感じたりすることは、それに気づく大きな学びになるということを、自身の体験としても強く感じています。
やっぱり、私たちも自然の一部としてバランスは大事でしょうから・・・

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写真は指宿の某所から望む開聞岳の山頂部分。別名、「薩摩富士」と言うのを納得。。。
以前からFacebookを登録していますが、このブログの投稿通知がメイン。
Facebookページもありますが、ツイッターのような使い方でした(ブログのサイドバーに掲載)  今後、見直すかもしれません・・。


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