アメリカのスラング(俗語)で「チキン野郎」という表現があります…。
今回はこのキーワードをもとに、これからの時代の働き方と生き方について考えます。
「チキン野郎」 とは、臆病者・腰抜けを意味するアメリカの俗語ですね…。
当然語源は「Chicken」であり、日本でも単に「チキン」として使われます・・。
普通、この表現はちょっと相手を小バカにしたと言うか、相手を見下す(挑発?)表現に使われることが多い印象です。(⇒『Wikipedia』解説へ)
また、英語の「チキン(Chicken)」は日本語の「ニワトリ」の意味です(ヒヨコという意味もあるようですが)。
普段良く聞くのは食べ物で、「チキン南蛮」「チキンステーキ」「チキンナゲット」「(ケンタッキー)フライドチキン」など・・。
ところで、今年2月にたまたま行った居酒屋が「チキン野郎」を名乗ったお店でした…。当然、連想したのは鳥(チキン)料理でしたが実際は魚料理がメイン・・?
後でその由来等を知り、「ハイパー( hyper :上、超越等の意味)」という冠を含め、捉え方次第でまったく意味が変わってくることを感じたのです。
▼『ハイパーチキン野郎』にて
▼「あえて」名付けた店名は数店舗あるよう…。
「チキン」の対義語は「ライオン」という説もあるようですが、例えば自分自身を現実の社会に当てはめればチキンの立場ということもあり得ます。
いわゆる「弱者」と一括りするより、それぞれの属する組織等でのポジションが違うことを含めて…。
私自身も自他とも認める?チキン野郎かもしれませんが、それなりの働き方や生き方等を工夫してきたつもりです。(現になんとかこの年?まで生きてますし…)
例えばライオンのような圧倒的パワーを持たなくても、生き延びる戦略を取っていくことなどです。
〔関連過去記事〕
こうした考え方がまさにチキンなのかもしれませんが、十分なパワーやリソースが無い者の生存戦略はライオンとは違うものになって当然でしょう。
それぞれの働き方・生き方は、それぞれに適した方針が必要なことに変わりありません。
むしろ、チキンだからこそ見える世界もあると思います。
ライオンだと全く気にしない、気がつかないことでも、チキンなりに気づくことがあるでしょう…。
その意味でチキンはチキンの特性を生かし ていくことが、最大の貢献だと言えます。
当ブログでも以前取り上げた「内向的」な人が活躍するという方向性は、まさにチキンの特性に重なるとも言えそうですし・・。
そして、そうした今までにないタイプの人だからこそできることがあり、単なるチキンを超えるということも可能になるかもしれません・・。(具体的なことは今後に…)
この難しい時代にこそ、チキンを生かし、超えることにチャレンジしたいものです。
ちょうど新型ウイルスの世界的な危機状態の真っ只中で、むしろライオンではなくチキンな野郎が活躍するタイミングが訪れる可能性を感じています。
〔あとがき〕
新型コロナウィルスの影響は、私の住む鹿児島では今の段階ではギリギリ緊迫していない感じです。しかし世の中の変貌は、初めて歴史的な時代の節目にいることを実感します。影響自体はこれからどう推移するか予想もつきませんが、既存の価値観や手法がこれからガラッと変わるのは間違いないでしょう・・。
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