「頑張らない」ことの本当の意味

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暑い夏もようやく過ぎるかと思うと、先週は台風上陸……
幸いにして予想以上の足の速さで、肩透かしでしたが・・。
なかなか増えない投稿ですが、今回は短く一人語りの続編を。

頑張ることは大事という常識

以前のブログ記事で仕事を頑張ることについての思いについてを書きました。
その時の続編と言うか、少々考えが変わってきている点を補足します。(自己満足的ですが…)

もっとも、明確に意見が変わったとかではなく、なんとなく自分の未熟さが心地悪く感じたという程度のもの・・・
以前は、「頑張ること」に対しての無条件の礼賛などが、少々無責任に思えていたのです。

しかし、それは目くじらを立てて言うほどのことか?という感じもして、 相変わらず一言多いというか、○○無くすかな…と反省したのです。
「頑張る人は偉い」という事実を、素直に認めることからスタートするべきかなと……

 

今の仕事を頑張ることから・・・?

もう一つの補足は、「今の仕事をがんばる」ことについて。 これも、自分自身いつも揺れている部分かもしれません。
目の前の仕事にひたすら集中していれば、おのずと次のチャンスが訪れるということも納得はしています。

それでもどこかシニカルになってしまうのは、何かおかしい…?という不信感をいつからか持ってしまったせいかもしれません。
例えば、頑張ることの礼賛については、何らかの条件付きのケースが多い。 組織等の目的に貢献したときは褒めたたえ、そうでないときは人格さえ否定されることなどです。

逆に、無条件に認められることにも納得がいかないケースがあります。
本来の中味とは関係のない他の要因(パワーバランス等)で、最初から肯定されるべきという予定調和がある場合です。 一般には悪いことではないかもしれませんが、何となく釈然としないものがあります。

 

「頑張らない」の本当の意味

前回、今回としつこく取り上げているのは、最近気に入っている「頑張らない」ということの本当の意味が伝わりにくいと感じているから・・。
本当の意味というのも僭越?ですが、ようするに、別次元のやり方があるということ。

誤解されやすいのは、「単に甘やかし、ゆるみを助長するだけ」という懸念でしょう。
これはまったく逆だと思いますが、ここでは新しい仕事のあり方に転換するとき、従来の価値観を手放すための言葉だという説明をしておきます。

まあ、例外的、先進的なケースに感化されていると言えなくもないのですが・・・
ごく一般的な人が求めるものと、そうした新しいものを好む人との間には、かなりの隔たりがある場合が多いでしょうし・・・ 自分自身は後者に近いのかもしれず、誤解?を受けやすいかもしれません。

 

以上、補足になったかどうかわかりませんが、自分なりに前回の違和感を表現してみました。
今後も、この問題に限らず考え方は変わって行くでしょうし、それが人間的な成長ということなのかもしれません。

IMGP1419 今回から、写真の掲載を見直しています。これまで文章の中身とはほぼ無関係に、その時期に撮った風景写真を入れていました。今後はできる限り写真は文章にあったものを使うか、イメージ画像的に使うだけにしたいと思います。(その理由はいずれ・・・)

 


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